相島積石塚群(国指定史跡)

42.142号墳相島の長井浜にある積石塚群は、これまで「元寇の時の防塁跡」とか、「元寇の時の死者を埋葬したお墓」だといわれてきました。しかし、学術調査の結果、これまで言い伝えられていたことを覆し、4世紀代~7世紀代にかけて造られた古墳群だということが確認されました。現在まで254基の積石塚が確認されています。その形は方墳と円墳が半々です。主体部(死者を埋葬した部屋)の造りも箱式石棺、竪穴系横口式石室、横穴式石室など様々な形で造られています。また、伽耶(4~6世紀頃、朝鮮半島にあった国々の名前)系と思われる須恵器も何点か見つかっているので、積石塚の源流といわれる朝鮮半島とのつながりや海人族との関係など、どのような人々が造ったのかも考えなくてはならないでしょう。

 

積石塚とは

いわゆる古墳の一種です。普通は主体部(元室ともいう)を石や木で造った後、土を盛り古墳の形を造りますが、積石塚はこれら全てを石で造るため、このように呼ばれています。日本で最大の積石塚群は、長野県の「大室古墳群」で全部で500基を超える大古墳群です。西日本では、山口県見島の「ジーコンボ古墳群」が250基を数えます。他には瀬戸内海沿岸が有名で、瀬戸内各地に大きな積石塚が点在しています。相島の積石塚群は254基が確認され、日本でも有数規模の積石塚群であることが分かってきました。

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